MS&ADインシュアランスグループ(以下、MS&AD)は、グループ全体のガバナンス強化を進めるとともに、ビジネススタイルの大変革に取り組むことで持続的な成長をめざしています。新たな成長ストーリーを描く上で、当社グループにとって重要な3つのテーマについて、課題や改善すべき点を中心に、3名の社外取締役が意見を交わしました。
持株会社とグループ会社の関係強化に向けて
鈴木 持株会社は、グループ各社の経営管理を行う立場である一方で、100%子会社の三井住友海上、あいおいニッセイ同和損保、この2社にも社外取締役が存在し、二重のモニタリングの仕組みを有しています。そのような中、残念なことに、保険料等の調整行為に係る行政処分を受けました。
石渡 持続的成長を見据えた取締役構成、積極的な情報開示等、ガバナンス態勢そのものはしっかりしていると思うのですが、それでも私たちは気付くことができませんでした。ガバナンスを効かせても、このような事態が生じたことを反省し、再発防止策を議論しているところです。
飛松 今回の問題を通じて感じるのは、持株会社と子会社の役割分担のあり方です。MS&ADの場合、2つの面 で特殊な事情を抱えています。1つは、保険会社である子会社に対するコントロールが限定的とならざるを得ない。例えば、持株会社への法務機能の集約にあたっても保険業法上の規制に配慮しつつ進めることが求められます。もう1つは、事業会社の権限の強さ。そもそも、持株会社ができる過程では、事業会社の企画部門が深く関わっており、時に持株会社の人事戦略や個別の人事異動にも作用します。さりとて、海外事業の拡大を含め、グループ戦略を実行していくためには、持株会社の権限を強化していくことが必要です。業務改善計画では、事業会社側が出す案について社外取締役・社外監査役からもさまざまな観点からの意見がありました。策定した計画を、実効性をもって継続的に運用できるのか、必要があれば運用の過程での軌道修正も行うべきではないかなどといった議論を重ねました。持株会社のガバナンス強化に向けた試金石になったのかもしれません。
鈴木 100%子会社の先にも海外の事業会社がぶら下がる三重のガバナンス構造が増えていくことを考えると、どこまでコストと労力を払ってシステムを整備するべきなのかを議論するべきタイミングにあると思います。加えて、M&Aを通じて海外ビジネスを伸ばしていく戦略を描く中で、ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)の浸透やグループシナジーの発揮などについて外国人の経営陣と持株会社との意思疎通をいかにして図っていくのかも課題になると思います。例えば、持株会社の経営会議に、グループ会社の外国人経営者が参加してもらう仕組みを検討してもよいでしょう。多様な価値観を戦わせることで時に議論がかみ合わず、進行に時間を要するリスクはありますが、我々が気付いていないラディカルな意見で、新たな成長に一石を投じてくれることが期待できます。
社外取締役 鈴木 純
帝人グループ駐欧州総代表、同社CEO等を歴任し、国際ビジネスに関する豊富な知見、経営者としての視点をあわせ持つ。変化するビジネス環境に適応しながら、特に、企業価値向上や株価を意識した経営において、オピニオンリーダーとして幅広い視点から助言を行い、リーダーシップを発揮している。
石渡 重層的にグループ経営管理態勢を敷いている中で、コミュニケーションは非常に重要です。私は、これまでの経験から消費者の目線を重視しています。その意味では、お客さまと接点がある事業会社で何が起こっているのかをもっと知るべきではないでしょうか。そのためには、持株会社と子会社2社の社外取締役が情報交換をする機会がもっとあってもいいと思います。年に一度は合同会議をしていますが、それでは少ないですね。
飛松 合同会議の頻度に関しては、私も同感です。持株会社の社外取締役は、事業会社の執行については関与しませんが、「ビジネススタイルの大変革」については、持株会社、三井住友海上、あいおいニッセイ同和損保との間で適切なコミュニケーションと信頼関係を築きながら、グループ一丸となって進める必要性があり、その観点でも持株会社の取締役会と事業会社の取締役会との対話を増やす必要があると感じています。
政策株式の売却を機に新しいチャレンジを
飛松 これまでの取締役会での議論を振り返ります。資本コスト経営という観点で、経営資源の配分の最適化が大きなテーマとなっています。ここ数年は、事業ポートフォリオの組み替え、特に海外事業の扱いについて活発に議論を重ねてきました。株価純資産倍率(PBR)に関しては、長い間1倍割れが続いており、業績の改善が課題とされてきました。しかし、2023年度にロイズ・再保険事業の収支改善や国内の自動車・火災保険の収支改善が進んだことなどから株価が大幅に上昇し、1倍割れが解消され、良い流れが生まれつつあると感じています。
石渡 PBR1倍割れが解消されれば、それでよいのかと言えば、決してそんなことはありません。あくまでも、社会から存在意義を認められる中で持続的に収益を確保し、持続可能な企業をめざすことが重要で、目的を履き違えてはならないと取締役会では強調しています。
鈴木 2023年度の業績が好調で、PBR1倍割れが解消されたことに胸を撫でおろす気分はわかりますが、1倍は単なる通過点であり、中長期的に成長していく企業であることを投資家に示さなければ、企業価値を持続的に向上させていくことは難しいはずです。「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請している東京証券取引所は、単に足元のPBRが1倍超か、自己資本利益率(ROE)が8%を超えているかだけでなく、多面的な分析や評価を期待しています。
飛松 足元では政策株式を6年間かけて全て売却する方針を打ち立てています。損害保険業界では、企業向け保険料の事前調整が問題視され、金融庁からは、政策株式の割合など保険契約の条件以外の要素が入札結果に影響することが指摘されました。この指摘を受け、政策株式の削減を一気に進めることになりました。ここ最近の取締役会で論議されている大きなテーマの一つです。
鈴木 政策株式の計画的な売却は余剰利益をあらかじめ公開するのと等しく、株主の方々から増配に対する期待が高まり、それが株価での評価につながっていると読み解くこともできます。政策株式の売却が完了した後も増配基調を続けていくことを考えると、一層、本業の保険事業で収益力を高めていく必要が増していきます。
石渡 国内の損害保険事業は、少子高齢化や人口減少により市場が縮小していくことが想定されます。会社が適正な保険料率を設定しても、市場の縮小をカバーするのは難しいでしょう。このため、MS&ADでは海外事業の拡大を指向しています。三井住友海上が2016年に買収した英国のAmlin社の中核であったロイズ・再保険事業は、不採算種目からの撤退などいくつもの試練を乗り 越え、2023年には業績が大きく改善しました。
鈴木 海外事業は、ポートフォリオを変えていくのに時間が必要です。ロイズ・再保険事業もようやく成果が生まれてきたところです。会社のリスクテイクを後押しするとともに、リスクマネジメント面で執行側をけん制する、いわゆるアクセルとブレーキが機能するように寄与するのが社外取締役の役目だと思っています。国内事業は、市場が限界であると私自身も言いがちなのですが、三井住友海上とあいおいニッセイ同和損保2つの損害保険ブランドを持つ意義について、維持するのか否かも含めてもっと議論していくべきだと感じています。
社外取締役 飛松 純一
弁護士として、海外を含む企業法務全般に関する豊富な知識と経験を持つ。特に、ガバナンス向上において、専門的な視点から貢献している。MS&ADの社外取締役として7年目を迎え、取締役会における積極的な発言は、会社の意思決定プロセスに重要な役割を果たしている。
飛松 三井住友海上とあいおいニッセイ同和損保の統合に関しては、むしろコロナ前までの方が、取締役会で活発に議論されていたように思います。2社のミドル・バック部門を中心に、グループで共通化・共同化・一体化を進める1プラットフォーム戦略がそれほど進んでいなかった時期のほうが、社外取締役を中心として合併という選択肢が口にされる機会が多かったかもしれません。ただ、1プラットフォーム戦略の進展に伴い、その成果を見てから考えてもよいのではといった気持ちが、私も含めて、取締役会メンバーに生じた印象があります。2つのブランドが存在することは、異なる顧客層による商圏の拡大といったメリットもありますが、現在の市場ではスピード感が求められています。改めて、合併を含めた選択肢についても十分議論する必要があるのではないでしょうか。また、1プラットフォーム戦略の効果も十分かつ客観的に測定・評価することが大切です。統合による効果が見えなければ、対外的にも成長投資を説明する際にも競合との差別化が困難になると思います。
石渡 私は、2社の方々とは何度もお会いしていますが、皆さん本当に誠実で真面目で前向きです。ただ、積み上げてきたものが異なるため、一緒になるのは、現実のこととして受け止め難いと感じている面があるのではないでしょうか。グループ全体のMVVを共有・浸透させていく中で、どのような事業体制が持続的な成長のために最適であるのか、更に論議する機会が必要になるのかもしれません。1プラットフォーム戦略の議論は取締役会でも頻繁に行っていますが、更に進展させることが必要だと思います。
鈴木 2つのブランドを持つことが、競争上有利であり、コストメリットも認められる場合、その利点を投資家に明確に説明することが重要です。例えば、お客さまにとっては、保険会社を選ぶ際により多くの選択肢があることはメリットです。MS&ADが複数の選択肢を提供することが競争において優位性をもつとも言えるのではないでしょうか。
石渡 MS&ADが持続的に成長するためにはもちろん資本市場からの評価が重要です。一方で、企業価値を拡大するためには、お客さまからの支持が絶対に必要であることに加え、社員、取引先、社会や環境など多様なステークホルダーとの価値協創が求められます。特に事業環境が大きく変化する中では、幅広い視点を持って経営するセンスが求められるのだと思います。
事業を通じた社会のサステナビリティへの貢献
飛松 保険会社は本業自体がサステナビリティと親和性のあるビジネスである点が特色です。例えば損害保険に関しても、二酸化炭素の削減が異常気象の低下につながるのであれば、関連する保険事故が減り、損害保険会社のビジネス面でプラスになります。このような意味で、保険会社の社員の方々もサステナビリティに対する意識は持ちやすいのだと思います。
社外取締役 石渡 明美
花王株式会社の執行役員を経て、サステナビリティ・広報・コーポレートブランディングに関する豊富な知識を持ち、ESG活動の推進に貢献した。更に、消費者相談や消費者交流の経験を通じて消費者の立場に立った視点も持っており、MS&ADの成長と社会の発展を両立させるためのサステナビリティ経営において、幅広い視点から道筋を示している。
石渡 MS&ADでは、2018年から社会課題の解決につながる取組みを表彰する「MS&ADサステナビリティコンテスト」を開催しています。これは、MS&ADの価値創造ストーリーをグループで共有することで、MS&ADのミッションをグループ社員約4万人に浸透させ、共感の輪の拡大を促す素晴らしい取組みだと思います。一方で、二酸化炭素等の温室効果ガスの排出量だけを見れば、私が携わってきたトイレタリー・製造業と比べれば限定的かもしれません。それでも、Scope3まで捉えれば、損害保険の引受先は多岐にわたり、影響力は少なくありません。MS&ADは削減目標を他社に先駆けて打ち出し、積極的に取り組んでいるだけに日本をリードする存在になれると思います。
鈴木 保険会社は、サステナビリティに関するチョークポイントを握っています。私たちが保険を引き受けない判断をすれば、金融機関の融資が止まる可能性もあります。製造業よりもお客さま対象として据える業界の幅は広いと感じています。そして、予見可能な未来像が描けるほど、保険のビジネスは安定するのは当然で、サステナブルな社会をめざす活動は自社のためにもなるはずです。
飛松 企業のファイナンスにおいて、ダイベストメントよりもトランジションを重視する傾向があります。私たちにできることは、石炭火力発電といった特定のプロジェクトを新規で引き受けないだけでなく、例えば、トランジション・ファイナンスに積極的な金融機関と協調してトランジションに関与するといった選択もあり得るのではないかと思います。
石渡 人財は保険業の礎であるだけに、社員のエンゲージメントを高めることが、サステナビリティ経営の基本になると思います。M S & A Dでは「地球環境との共生(Planetary Health)」「安心・安全な社会(Resilience)」「多様な人々の幸福(Well-being)」の3つを重点課題に定めています。まずは「Well-being」について注力すること、それから保険会社ならではの視点として、社会的リスクや自然災害リスクをコントロールしていく「Resilience」に向けた取組みも重要です。それらは知見がある分野であるだけに、社会からの理解も得やすいはずです。
飛松 人的資本に関するKPIを評価基準として重視する投資家は増えており、私たちもそれを意識することが重要だと感じています。女性の管理職比率や男性の育児休業取得といった開示はいわば規定演技であり、それでは物足りないと捉えられてしまうかもしれません。自由演技による任意開示の非財務のKPIを設定するには、MS&AD独自の人財に関する取組みを整理して対外的に発信する努力も必要です。エンゲージメント向上に意欲的であることを、具体的な数字を用いてアピールしていく時期に来ていると思います。
鈴木 企業ブランドがどれだけ人々に愛されるかは、企業価値を決める上で大きな要素です。それには社員のエンゲージメントをもっと強くしていかなければなりません。MS&ADというブランドはだいぶ世の中に定着しました。複数の成長ドライバーを持つグループとしての可能性を訴えられるよう私も尽力したいと思います。
石渡 そうですね。最近、「MS&AD」のロゴマークを見かける機会が増えてきたように感じます。私たちはこのロゴマークから安全と安心を自然とイメージしていますし、そのような方も多いはずです。より多くの人にMS&ADを知っていただき、愛していただけるよう、企業ブランドを大切にするべきです。それが事業を成長させ、社会を豊かにすることにもつながります。