「公正な競争」を前提に
ビジネススタイルの大変革を断行し、

サステナブルな成長を実現する

グループCEO就任にあたって

2024年6月にMS&ADホールディングスの代表取締役社長 兼 グループCEOに就任した舩曵です。
私に求められている大きな役割は、国内で発生した保険料調整行為や不適切な保険金請求をはじめ、損害保険業界のビジネス慣行に起因するさまざまな問題を受けて、公正な競争を大前提に、グループの有する財務資本や人的・知的資本を最大限に活用して持続可能な成長を実現し、企業価値を拡大することです。
2024年7月末時点の当社の時価総額は5.7兆円です。時価総額10兆円、ROE(自己資本利益率)で10%台半ばを早期に達成して欧米の競合会社に追いつき、そして超えていきたいと考えています。
保険業界は今、大きな岐路に立っています。国内では、人口減少や少子高齢化の進展、先進安全装置の普及による交通事故の減少等により、伝統的なマーケットの縮小が想定されています。グローバルでも、気候変動や自然災害の甚大化・頻発化、AIの急速な進化がもたらす社会へのインパクト、サイバー空間の脅威など、これまで経験したことのない事態に対処しなくてはなりません。
そのために、私自身の強みである突破力を大いに発揮し、従来の保険ビジネスの枠組みにとらわれることなく、変革を断行していきます。

持株会社の機能強化と取締役会の独立性・客観性の
向上

最優先で取り組むべきは、中長期的な成長戦略を支える体制の整備です。
当社グループには特長ある5つの国内保険会社があり、2010年の経営統合以来、それぞれの強みを最大限に活かすことを経営戦略の柱とし、成長を続けてきました。その結果、国内損害保険事業では、売上規模が国内トップとなり、国内最大規模のお客さま・代理店網に支えられた強い事業基盤を有しています。
また、国内損害保険事業を補完し、バランスの取れた事業ポートフォリオを構築すべく、海外事業、国内生命保険事業、金融サービス事業、デジタル・リスク関連サービス事業を合わせた5つの事業ドメインにおいて、業容を拡大してきました。
更なるグループ総合力の発揮に向けて、今後は、持株会社を中心にグループ全体の経営戦略に関わる機能を強化し、成長領域に必要な資本をタイムリーに配賦していきます。
コーポレートガバナンスの観点では、時代の要請に応えて持株会社の取締役会における監督機能を強化するため、独立性及び客観性を向上させていくとともに、社外取締役との深度ある論議を通じ、迅速な経営判断や果敢なリスクテイクを行っていきたいと考えています。

政策株式の売却資金を活用した成長戦略の実行

中長期の成長戦略を実行していく上で、その原資となるのが政策株式です。当社グループは、2024年3月末時点で時価約3.6兆円の政策株式を保有していますが、これを2030年3月末までに「ゼロ」にします。政策株式の売却で得た資金は、新たな事業投資や次世代システム・DX関連投資、資産運用に振り向けます。
事業投資の主なターゲットは、損害保険の最大マーケットである米国や、当社グループが強みを持つアジアです。
2016年に買収した英国Amlin社の中核であったロイズ・再保険事業では、大規模自然災害の増加や新型コロナウイルス感染症の広がり、ロシア・ウクライナ戦争など、さまざまな苦難に直面してきましたが、規律ある引受けと適切なリスクコントロールにより着実に収益性を高め、海外事業をけん引するまでに成長しました。これらを土台としつつ、米国やアジアでの事業基盤を拡大することで、利益源泉の多様化とリスク分散を指向します。
デジタル・リスク関連サービス事業には、補償・保障前後の新たなソリューションの開発・販売を通じた事業機会の創出、社会課題の解決につながる商品・サービスの提供、業務プロセスの見直しによる収益基盤の強化といった、保険ビジネスの概念を超える大きな可能性を感じています。
中期経営計画(2022-2025)では、MS&ADインターリスク総研をデジタル・リスク関連サービス事業の中核に据え、デジタル・データを活用したソリューションの開発・販売を推進しています。これまでにも、サイバー攻撃の脅威に対して、サプライチェーン全体の脆弱性リスクを診断・評価する「MS&ADサイバーリスクファインダー」のような、提供価値の強化に資するサービスを世に送り出してきました。
また、グループ全社員からビジネスアイデアを募集する、「ビジネスイノベーション チャレンジプログラム」からも、新規ビジネスにつながる取組みが続々と生まれています。お客さまの車両に搭載されたドライブレコーダーが道路の損傷を自動的に検出し、道路の維持管理業務を支援する自治体向けサービス「ドラレコ・ロードマネージャー」は、その代表的な取組みです。
社会課題や環境変化、お客さまニーズを踏まえたこうしたビジネス展開は、収益の拡大のみならず、事故の予防・回復サービスの提供を通じた収支改善にも寄与し、既存事業との相乗効果も期待できることから、積極的な資本配賦を検討します。

「ビジネススタイルの大変革」

公正な競争を大前提とした業務運営を定着させるため、国内損害保険事業を中心に、ビジネススタイルの大変革を進めていきます。
競争の阻害要因となった、お客さまや代理店への過剰な本業支援及び出向は徹底的に見直し、ビジネスパートナーである代理店との関係も再構築します。
そして、保険本来の機能に加えて補償・保障前後のソリューションを強化することにより、お客さまや社会にとって最も価値ある商品・サービスを提供し、国内のビジネス環境が変化するこの局面において、競争力を発揮して成長につなげていきます。
補償・保障前後のソリューションの強化を支えるのは、データ・デジタルやAIです。同時に、保険に関連するあらゆる手続きをデジタル化することで、お客さまの満足度・利便性と当社及び代理店の生産性を高める大胆な改革を進めます。また、お客さま基点で商品のわかりやすさや手続きのしやすさを追求するとともに、それに合わせてITシステムの構造も最適化し、収益構造を変えていきます。
事業費率の引下げも急務です。中期経営計画では、三井住友海上・あいおいニッセイ同和損保のミドル・バック部門を中心に共通化・共同化・一体化を進める「1プラットフォーム戦略」により、業務の効率化と品質向上を図っています。国内マーケットの中でお客さまに選ばれる会社であり続けるためには、中核保険会社2社体制の見直しも含め、選択肢を見極めるべき局面に来ていると感じています。
業務効率化には、AIの活用がキーになるものと考えています。既に、約3万人の社員が安全に生成AIを利用できる環境を整えており、業務効率化の事例も数多く出てきています。当社グループでは、2025年までにデジタル人財を7,000名に増やす計画であり、約100名のデータサイエンティストとともに、デジタル化をリードしてくれることを期待しています。また、AIを活用した業務の運用実効性を高めるために、必要に応じて外部の知見も取り込んでいきたいと考えています。
適正な競争環境の下では、価格競争が起きるかもしれません。そして、価格競争が起きれば、間違いなく収益性は下がるでしょう。そうした状況にあって、持続的に商品・サービスを提供し続けるためには、例えば、補償範囲の設定や最適な保険料の算出など、一層の創意工夫が求められます。世界のリスクをどう評価し、どう選んでいくのか。我々は、ロイズ・再保険事業を通じてアンダーライティングの知見を深め、リスク管理の力を高めてきました。今こそ、これまでに培った豊富な引受ノウハウを最大限に発揮すべき時です。

多様な人財の活躍に向けて

変革を実行していくのは、「人」です。当社グループには、国内外で約4万人の社員がいます。社員がモチベーション高く、会社への信頼を感じながら働ける環境を作っていくことも、経営の重要な役割です。
我々の事業領域は、国内外ともにますます広がっています。それぞれの拠点が共通価値としてミッション・ビジョン・バリューを共有し、グループ横断で成長戦略を実行していくことが、グローバルな保険マーケットでの競争力につながります。2024年は、英国に初の海外事務所を設立してから100年の節目にあたります。48の国と地域に拠点を置き、地域に根差したビジネスを展開している当社グループには、競争上の優位性があるものと確信しています。
私は昔から「至誠に悖る(もとる)なかりしか」を座右の銘としてきました。それに通ずるのが当社グループの行動指針(バリュー)の中にある「Integrity」で、私が最も大切にしている指針でもあります。日本語に訳せば「誠実」という表現になりますが、私は「人が本来すべきこと」という倫理に近い概念として捉えています。
当社グループには多くのアスリート社員が所属しており、世界レベルの大会で活躍し結果を残しています。彼ら彼女らの話を聞いていて感じるのは、一流のアスリートは常に誠実に行動し、周囲への感謝を決して忘れないということです。だからこそ、心を込めて練習ができ、試合でも力が入るのだと思います。これはビジネスでも同様です。ステークホルダーの皆さまに感謝し、より良い商品・サービスを提供し、万が一の際には迅速な保険金支払でお客さまをお支えする。それを意識することなく、当たり前のこととして行動できる社員であってほしいと思います。
社員一人ひとりが更に成長できるよう、年功序列に代わる新たな人事制度の導入も検討します。自分の意思でポストや業務内容を選べるようにする。そして、グループの全社員が個性や能力を十分に発揮して活躍する。近い将来、私はそのような会社を創り上げていきたいと考えています。

資本コストと株価を意識した経営

近年、国内損害保険事業の収支改善取組やロイズ・再保険事業における規律ある引受けを通じた利益水準の向上、政策株式の削減や自然災害リスクのコントロール強化により、利益と資本のボラティリティ抑制が進みました。これを受けて、当社の株価は上昇し、PBR(株価純資産倍率)は2023年度後半にようやく1倍を超え、2024年7月末時点では1.2倍水準で推移しています。PBR1倍はあくまで通過点に過ぎず、さらなるPBR水準の引上げをめざします。
そのためには、収益性と成長性の双方を高めることが必要であり、保険引受能力及び業務効率の引上げとともに、資本効率の向上を強力に進めます。
ポストコロナにおける交通量の回復やインフレーションの影響による自動車保険の収支悪化、風災や雹(ひょう)災の増加等により火災保険の収支改善に時間を要していることなどから、ここ数年、国内損害保険事業の保険引受利益は大変厳しい状況が続いています。
そうした環境下において10%台半ばのROEを実現するためには、ビジネススタイルの大変革の中で、業務効率化や中核損害保険会社2社の役割の見直し等により事業費率の引下げを加速することはもちろん、真に必要な料率の引上げについてはお客さまへ丁寧に説明した上で実施するなど、収益性向上に向けて早急に対策を講じなくてはなりません。
また、事業投資の実行にあたっては、グループ全体のROR(リスク対比リターン)向上に貢献するかという観点を重視した上で、ポートフォリオの分散や既存事業とのシナジー発揮に寄与するか、グループの成長加速に資するケイパビリティが獲得できるかなど、多面的な評価を行います。
既存ビジネスの収益力向上も一層強化していきます。現中期経営計画の第1ステージでは、国内の介護ビジネス、海外ではブラジルのリテール向け保険や英国のテレマティクス保険、米国のインシュアテック等の撤退を決断し、ポートフォリオの見直しと組換えを進めてきました。事業管理においては、投資額に対するリターンを計るROIをモニタリング指標とし、収益性が低いビジネスから収益性の高いビジネスへの資本シフトを図っていきます。
更に、株主還元では、政策株式の売却益を含むグループ修正利益の50%を安定的に還元するという基本方針に沿って、着実な利益成長に見合った還元を実現します。加えて、利益と資本のボラティリティの抑制により、予見可能性の高い還元も重視していきます。

株主・投資家の皆さまへ

私は三井住友海上の社長に就任した2021年以降、ステークホルダーの皆さまの意見に耳を傾けることに多くの時間を割いてきました。社員とのいわゆるタウンホールミーティングについては、2023年度だけでも国内外の68部支店で実施しています。そして、寄せられたさまざまな意見は、スピード感を持って、商品・サービスやシステム開発、人事施策に活かしてきました。例えば、社会貢献やリスキリングにつながる副業・兼業の解禁等は、社員からの意見が気付きになって実現したものです。
今後はグループCEOとして、株主や投資家の皆さまと直接対話させていただく機会をできるだけ多く持ちたいと考えています。皆さまからのご意見やご提言を真摯に受け止め、株主価値の拡大に努めていきます。また、当社グループの成長ストーリーを株式市場に丁寧にお伝えすることで、新たに株主となってくださる投資家も増やしていきたいと思います。
私がグループの先頭に立ってリーダーシップを発揮してまいりますので、これからの当社グループの成長にご期待ください。

日々志を新たに

ビジネススタイルの大変革に掲げた目標を達成したとしても、変革は決して終わることはありません。なぜなら、保険は人々の意識や社会のあり方とともに変化していくべきビジネスだからです。
写真に写っている掛け軸は、私の書道の先生が書いてくださったものです。「日新志」とは、「日々志を新たに進歩しようとする前向きな気持ち」の意味です。常に新しい角度から物事を見て、新たな価値観に支えられた世界を作っていきたいと思います。