信頼を再構築し、成長の新たなステージへ
世界トップティアをめざす変革

取締役社長 グループCEO
舩曵 真一郎
株主、投資家の皆さまをはじめ、全てのステークホルダーの皆さまには、平素より当社グループに多大なるご支援を賜り、心より御礼申し上げます。近年、傘下の保険会社において、代理店による保険金の不正請求、保険料の調整行為、更にはお客さま情報の漏えいといった不適切な事案が相次いで発生いたしました。これにより、皆さまに多大なるご迷惑とご心配をお掛けしましたことを、改めてお詫び申し上げます。
一連の事案の背景にある構造的な課題と真摯に向き合い、信頼回復に向けた具体的な道筋と、その先の持続的な成長戦略について、私の言葉でお伝えしたく存じます。
一連の不祥事は、長年の業界慣行、経営姿勢、そして企業文化にまで根を張った、複合的かつ構造的な課題に起因するものであると重く受け止めています。いかなる業種であっても、企業が不祥事のリスクをゼロにするのは極めて難しいチャレンジです。しかし、今後、保険業界で起こりうる問題は、もはや業界横並びのものではなく、各社の経営姿勢やガバナンスの質が問われる、個別性の高いものになると考えています。次に重大な問題を起こした会社は、市場からの信頼を失い、退場を余儀なくされる。私はそのくらいの覚悟を持ち、再発防止に取り組んでいます。
ガバナンスは単なる守りの施策ではありません。再発防止を徹底することこそが競争を勝ち抜く最大の武器です。これからの保険業界においては、いかにガバナンス態勢を強固なものにしているかが企業の競争力を左右すると確信しています。
だからこそ、私たちは金融庁からの業務改善命令を真摯に受け止め、計画の策定はもちろんのこと、「本気で」実行することにこだわっています。私たちが策定した業務改善計画はベストプラクティスであると自負しており、その取組みの実行こそが、当社グループの信頼回復と企業価値向上の礎となると信じています。
この改革を実効性あるものにするため、私たちは機関設計を監査役会設置会社から「監査等委員会設置会社」へと移行しました。これにより、取締役会の監督・けん制機能を強化し、社外取締役が過半数を占める構成とすることで、経営の意思決定における客観性と透明性を飛躍的に高めます。重要なのは、この仕組みを形式的なものではなく実効性あるものとして機能させることです。取締役会が社会の要請を正しく理解し、健全な業務運営を担保する内部統制を構築・運用する。そのために、社長である私を含め、経営陣は社外取締役の方々に経営判断の背景を丁寧に説明し、その理解を得る努力を惜しみません。社外のステークホルダーの代表者である社外取締役に理解していただくことができてこそ、社会全体への説明責任も果たせるはずです。
不祥事の背景には、旧来の業界慣行がありました。これまでの保険業界は、良くも悪くも「代理店に選ばれる」ことが重視されるビジネスモデルでした。しかし、比較推奨販売の厳格化や特定契約に関する規制の見直しといったルールの変更は、業界に大きなゲームチェンジをもたらします。長年の人間関係や既得権益が通用した時代は終わりを告げ、これからは保険本来の価値、即ち、リスクを引き受ける能力、リスクを分析し適正な価格を設定する能力、そして高品質なサービスを提供する能力で評価される時代が到来します。
この大きな潮流の変化に対応するため、私たちはビジネスモデルを根本から転換させます。それは、「代理店重視」から「お客さま本位」への完全なシフトです。これからは、代理店ではなく、お客さまから選ばれる保険会社にならなければ生き残れません。代理店の役割そのものを見直し、保険本来の価値で勝負する新たな競争軸を確立します。
この変革は、決して代理店を軽視するものではありません。ビジネスパートナーとして尊重しつつも、過度な本業支援や不適切な出向といった慣行を徹底的に見直し、健全で透明性の高いパートナーシップを再構築していきます。そして、お客さまにとって真に価値のある商品・サービスを、適切な価格で、スピーディに提供することに全力を注ぎます。この変革の道のりは平坦ではないかもしれません。しかし、一つひとつの施策の意図を社員一人ひとりが深く理解し、代理店にも丁寧に説明していく地道なプロセスを通じて、業界全体の変革をリードしていく所存です。
「お客さまから選ばれる会社」になるという目標を、最も確実かつ迅速に実現するために何をすべきなのか。検討を進めた結果、中核損害保険会社である三井住友海上とあいおいニッセイ同和損保の合併が最適であると決断しました。これまで、2社体制は代理店との多くの接点を持ち、トップラインを拡大する上で有効な側面もありました。しかし、持株会社であるMS&ADホールディングスは、両社の調整機能に多くのリソースを割かれ、グループ全体の成長戦略を推進する司令塔としての役割が十分に果たせていませんでした。
これからの競争環境で勝ち抜くためには、ガバナンスの強化、事業費率の引下げ、そして保険引受能力の向上という3つの要素が不可欠です。これらを最も効果的に達成する手段が、2社を一つに統合することだと考えています。合併を契機に、真のグループ経営体制の確立をめざします。
合併により生まれる新会社は、国内最大の損害保険会社となります。しかし、めざすのは、単なる規模のNo.1ではありません。私たちは国内最大規模の保険会社となることで満足してはいけないと思っています。規模にふさわしい社会的責任を果たし、高品質なサービスと競争力ある価格を実現することで、名実ともにお客さまから最も信頼され、選ばれるリーディングカンパニーとなることをめざします。
この合併は、国内損保事業の変革の「起点」に過ぎません。この決断を機に、持株会社は調整機能から脱却し、グループ全体の成長をけん引する強力なリーダーシップを発揮します。国内損保事業で確立した変革のモデルを、国内生保事業や海外事業にも展開し、グループ全体の持続的な成長を実現していく。これが、今回の合併に込めた私たちの強い意志です。
お客さまに選ばれるための重要な要素の一つが、価格競争力です。そのためには、事業構造を抜本的に改革し、コスト効率を世界トップレベルにまで高める必要があります。私たちは、合併によるシナジーを最大限に活用し、事業費率をグローバル水準である30%を下回る水準まで引き下げるという、極めて挑戦的な目標を掲げました。
この目標は、決して絵に描いた餅ではありません。今回の合併は、システム統合や拠点の最適化はもちろんのこと、これまで進めてきたミドル・バックオフィス部門の更なる効率化を可能にし、全体で1,500億円規模の事業費削減をめざします。更に重要なのが、人財の活用です。
私たちは、年功序列型の雇用システムから脱却し、個々の社員が持つスキルや専門性を正当に評価する「スキルベースの人事制度」を本格的に導入します。これにより、適材適所の人員配置を進め、組織の生産性を飛躍的に高めていきます。
また、私たちは社員の多様なキャリアパスを支援するため、「キャリアチャレンジ支援制度」といった早期退職制度も選択肢として用意しています。これは、決して一方的なリストラではありません。実際に、自らのキャリアを主体的に見つめ直す社員から、こうした制度を望む声が多く寄せられていました。社員一人ひとりが自らのキャリアを主体的に考え、会社としても新たなステージに挑戦する社員を後押しする、前向きな施策です。
こうした取組みを組み合わせることで、事業費率30%アンダーという目標は十分に達成可能であると考えています。この構造改革によって生み出された原資を、更なる成長投資と株主還元へとつなげる好循環を創り出していきます。
私たちの視線は、国内市場だけに留まりません。リスクがますますグローバル化・複雑化する現代において、持続的な成長を遂げるためには、世界の最先端の情報と技術を取り込み、それをグループ全体の力に変えていく必要があります。
その象徴的な取組みが、米国のスペシャルティ保険大手であるW.R.Berkley社(以下、WRB社)の創業家との戦略的提携と同社への出資です。WRB社は、ニッチかつ専門性の高い保険分野において、卓越したリスク分析力とアンダーライティング技術を誇る、世界有数の企業です。一方、当社グループは日本及びアジア市場において強固な事業基盤を築いています。この提携は、互いの強みを活かし合う理想的な補完関係にあります。
私たちはこのパートナーシップを通じて、世界最大の保険市場である米国を源泉とする利益を拡大するとともに、WRB社が持つ高度な専門技術を活かし、国内やアジアの保険事業で協業することで、新たなシナジーを創出していきます。単なる出資に留まらず、創業家との協力関係のもとで取締役を派遣し、経営レベルでの深い関係を構築します。旧来のビジネスモデルから脱却し、世界トップ水準の保険ソリューションを提供することで、日本、アジア、そして欧米においても、真のトップティア企業として伍していく。その強い覚悟を持って、グローバル戦略を推進していきます。
また、グループ全体の資産運用力強化に向けて、海外アセットマネジメント事業への戦略的投資を検討しており、特に米国や欧州を中心としたオルタナティブ資産への取組みや、現地運用会社との協業を通じて、グローバルな運用基盤の拡充と資産運用収益力の向上を図っています。
これらを実践した上で、グローバル経営体制の再構築にも踏み出します。これまで海外事業は事業会社の傘下に置かれてきましたが、今後は持株会社が関与を強める体制へと移行します。これにより、国内外の事業をグループ全体で横断的に管理し、リスク管理やコンプライアンス、経営資源の最適配分を一層強化します。グローバルな視点での経営判断を迅速かつ的確に実行できる体制を整え、世界市場での競争力の向上を実現していきます。
更に当社グループは今後、インタ総研を中心にシンクタンク機能を強化し、社会や行政、世界に対して積極的に意見・提言できる体制を構築します。これは、保険会社としての社会的責任を果たし、社会課題の解決に貢献するリーディングカンパニーをめざすための重要な取組みです。当社グループの知見と経験を最大限に活かし、社会的価値の創出を推進します。
私たちの経営戦略においては、資本循環経営が重要な役割を果たします。このアプローチは、企業のキャッシュフローを最大化し、資本の効率的な循環を促進
することを目的としています。具体的には、収益性の高い事業への投資を行い、その結果として生成されたキャッシュを迅速に成長投資と株主還元に結び付けることをめざします。
これにより、投資家の皆さまには安定した配当を提供するとともに、自社株買いなどを通じて株主価値の向上を図ります。また、長期的な成長を支えるための持続可能な資源配分を実施し、企業の競争力を強化することにも努めます。私たちは、株主の皆さまの期待に応えるべく、資本循環経営を通じて常に透明性を持って経営を行い、継続的な成長と収益力向上を実現していきます。
欧州を中心とする世界トップティアの保険会社は、資本効率の面で先行しています。彼らはそれをバックグラウンドにした高い保険引受能力を誇り、結果として信用力、ひいてはブランドとしての価値につながっています。私たちがめざすのは、そうした世界トップティアに肩を並べ、追い抜くことです。そのために、ここまでにお示しした変革を着実に進めるとともに、中長期の目標として掲げる「利益1兆円、時価総額10兆円」を早期に達成できる道筋を整える。それこそが、私に課されたミッションだと考えています。
私は社長就任以来、ステークホルダーの皆さまとの対話を何よりも重視してきました。今後もグループCEOとして、投資家の皆さまと直接お話しさせていただく機会を積極的に設けていきたいと考えています。皆さまからのご意見やご提言を真摯に受け止め、それを経営に活かし、企業価値の向上につなげていく所存です。
私は「有言実行」を信条とし、八方美人的な経営はしません。今回お話ししたガバナンス改革、ビジネスモデルの変革、そして合併をはじめとする数々の取組みは、全て私が先頭に立って断行します。この変革を通じて、信頼と成長の好循環を確立し、利益1兆円、時価総額10兆円という世界トップティア水準の企業価値を必ずや実現します。
この変革の道のりを皆さまに包み隠さずお伝えし、皆さまにはその進捗を厳しく評価していただきたくお願い申し上げます。そして、私たちのめざす未来に共感し、長期的な視点で伴走してくださる皆さまにこそ、当社の株主でいていただきたいと強く願っています。
私たちの挑戦は始まったばかりです。これからのMS&ADグループの変革と成長に、ぜひご期待ください。皆さまの変わらぬご理解とご支援を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。
2025年8月